وَإِذَا
مَسَّ
ٱلۡإِنسَٰنَ
ٱلضُّرُّ
دَعَانَا
لِجَنۢبِهِۦٓ
أَوۡ
قَاعِدًا
أَوۡ
قَآئِمٗا
فَلَمَّا
كَشَفۡنَا
عَنۡهُ
ضُرَّهُۥ
مَرَّ
كَأَن
لَّمۡ
يَدۡعُنَآ
إِلَىٰ
ضُرّٖ
مَّسَّهُۥۚ
كَذَٰلِكَ
زُيِّنَ
لِلۡمُسۡرِفِينَ
مَا
كَانُواْ
يَعۡمَلُونَ
١٢
人びと(不信心者たち)が苦難に会った時は,横たわり,あるいは座り,あるいは立っていても(どんな状態のもとでも)われを呼ぶ。だがわれがかれらから苦難を除くと,(まるで)かれらを苦しめた(以前の)不幸のためわれを呼ばなかったかのように過ごしてしまう。このように愚かな者は,その行いを(悪魔によって)立派だと思わせられる。